雷乃声収《かみなりすなわちこえをおさむ》

 暗い、暗い、暗い、闇の。
 深い、深い、深い、底で。
 其れは足掻き、喘いでいた。
 己が何かもわからず。
 何処へ向かって進んでいるのかもわからず。
 泥のように纏わりつく闇の中を、ただひたすら手を伸ばし、足を動かしていた。
 全身が重く、息が出来ない。
 明るいところへ、高いところへ、清きところへ、行きたいのに。
 進めば進むほど、より暗く、より深く、より穢らわしいところへ沈んでいく。
 ふと気付けば、腕にも、足にも、胴体にも、穢らわしき者が纏わりついているではないか。
 髪は乱れ、肌は爛れ、目は血走り、黄色い歯を覗かせた、穢らわしき者共が、其れの腕を、足を、体を掴み、重りのようにしがみついて離れない。
「太郎兄者」
「太郎兄者ダケ、狡イ」
「狡イ、狡イ」
「狡イ、我等モ連レテ行ケ」
「我等モトモニ、連レテ行ケ」
 其れは困惑する。
 何故、このような穢らわしき者共を連れて行かねばならないのか。
 我には関わりないことだ。
 我はただ、明るいところへ、高いところへ、清きところへ行きたいだけだ。
 ただ、それだけなのに。
 腕を、足を、胴体を、激しく動かし、振り払おうとしても。
 纏わりつく闇が、絡みついて。
 底の底へと溺れ、堕ちていくーー。

by 雪月 音弥

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オレ、髙橋尚樹が住む家の蔵には、祠がある。
新しい年の訪れと共に、この祠には女の神様がやって来た。

歳神様と過ごす一年を四季折々の行事や風物詩を通して描く。

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