雷乃声収《かみなりすなわちこえをおさむ》
暗い、暗い、暗い、闇の。
深い、深い、深い、底で。
其れは足掻き、喘いでいた。
己が何かもわからず。
何処へ向かって進んでいるのかもわからず。
泥のように纏わりつく闇の中を、ただひたすら手を伸ばし、足を動かしていた。
全身が重く、息が出来ない。
明るいところへ、高いところへ、清きところへ、行きたいのに。
進めば進むほど、より暗く、より深く、より穢らわしいところへ沈んでいく。
ふと気付けば、腕にも、足にも、胴体にも、穢らわしき者が纏わりついているではないか。
髪は乱れ、肌は爛れ、目は血走り、黄色い歯を覗かせた、穢らわしき者共が、其れの腕を、足を、体を掴み、重りのようにしがみついて離れない。
「太郎兄者」
「太郎兄者ダケ、狡イ」
「狡イ、狡イ」
「狡イ、我等モ連レテ行ケ」
「我等モトモニ、連レテ行ケ」
其れは困惑する。
何故、このような穢らわしき者共を連れて行かねばならないのか。
我には関わりないことだ。
我はただ、明るいところへ、高いところへ、清きところへ行きたいだけだ。
ただ、それだけなのに。
腕を、足を、胴体を、激しく動かし、振り払おうとしても。
纏わりつく闇が、絡みついて。
底の底へと溺れ、堕ちていくーー。
表紙に戻る