ユニオン・マギカ外伝~アラクネの瞳~

 これは、とある世界、とある物語の中心となってしまった転生者──リーシア・ルナスティアの隣に在ったとされる、彼女が背中を預けるに足ると伝えた女性、アラクネの残した手記の一つである。


 合同WEB同人誌「かくはい」企画参加作
 ユニオン・マギカ外伝~アラクネの瞳~



 氷樹の森の大賢者。
 そう呼ばれる彼女はいま、契約獣であるクロウ──氷狼フェンリルという種族らしい──のお腹に埋もれてのんきにお昼寝の真っ最中だった。
 全長でおおよそ3メテル、普通に立っただけでも私の身長程もあるのだから、そのお腹もベッドのようなものである。
 確かにこのような存在をペットのように使役する彼女は、賢者と呼ばれるに相応の力を持つのだろう。
 だが、普段の彼女の振る舞いがそれらしいかと言われれば、それは甚だ疑問である。

 賢者と言うには世情──というか、一般常識を知らなさすぎる。
 かと思えば誰もしらないようなことを当たり前のように見抜いたりもする、これは人に対してもそうだ。
 後先のことをきちんと考えているようでいて、実際に事が起こると考えていた以上のやらかしをする。
 すごい力を持っているはずなのに、それを積極的に使うことをあまり良しとしない……のは、まぁ賢者らしいといえばらしいかもしれない。
 一応はこのエウリュアレ村に属しているけれど、村から離れた山間の森の中に家を構えているのも、多少それらしくはあるだろう。
 だが、人付き合いが悪いかといえばそういうことはなく、好んで交流を持っている面々が割りと多い。
 なんというか、良くも悪くも世間一般が持ち得るであろう賢者像からはだいぶズレているのだ。

 私──アラクネが、彼女と出会ったのは今を遡ること少し前の"アイゼルネ大侵攻"とよばれる侵略戦争のときだった。
 私が所属する、ミスティルテインという組織からの指示で、この大陸南部にあるウィルヘルム王国に協力した際に、彼女も共に力を奮った。
 彼女の目的はエウリュアレ村を守るためであったが、大差はあるまい。
 その結果が……この村に高くそびえ立つ氷でできた樹──氷樹とよばれるものである。

 侵攻が失敗したとあって、敵が最後に放った消えない火による大火事──大延焼を収めるべく、失われたとされる神話級魔術を行使してそれを生み出したリーシアは、後に「やらかした」と語っている。
 この魔術はリーシアの制御を離れ、自律してしまった。
 彼女が言うには魔術が独立した術式となって、世界のマナの循環機構に組み込まれてしまったために解除不能となり、更にその機構を維持するために自衛機能として氷樹の若木を生み出して一つの監視・迎撃網としている、ということだが、私には半分ぐらいしか理解できなかった。

 もう少しわかりやすく説明してほしいと言ったら、麦を挽くために石臼を作ろうとして水車小屋を作ってしまったみたいなもの、と言われたのだが、もしその例えが正しいのなら間違えすぎである。

 まぁ、そんなこともあって、私はリーシア・ルナスティアという人物をどう理解すればいいのか迷っているというわけだ。

 今までのことをまとめた日記帳を閉じて隣に目を向ければ、彼女は相変わらず気持ちよさそうに寝こけている。
 それを見て、ふと思った。
 私以外……他の人から見ての彼女は──どんなふうに映っているのだろうか、と。

 彼女が起きる様子はまだない。
 少し、聞いて回ってみるのも良いと思った。


■守護剣士 ゼフィア・エフメネシア 
 無心で剣を振るっていたら、視界に見覚えのある獣人──といっても、獣の部分は耳と尾、それから爪に少し名残があるぐらいのかなり人に近いタイプ──の姿が見えて切りの良いところで一端訓練の手を止めた。
 すでに何度も顔を合わせた面識のある人物であるため、特に警戒もない。

「アラクネさん、なにか用か?」

 いまこの訓練場には俺しかいないし、用がなければわざわざ足を止めたりもしないだろうが、声をかけるタイミングを伺っていた様子だったのでこちらから声をかけた。
 そのほうが話が早いし、面倒がない。

「ごめんなさい、邪魔をしてしまったかしら?」
「いや、どっちみちそろそろ切り上げて巡回を兼ねた狩りに行くつもりだったし、問題ないさ」
「そう、よかった……。少し、聞きたいことがあったんだけど、構わないかしら?」
「そいつは構わないけど、俺に答えられることか?」

 リーシアから聞いた限り、アラクネさんは高位の魔術師だと聞いている。
 魔術というのは必要な手順と知識さえ踏めば、比較的幼い頃からでも扱える技術であるが、それを高位と呼ばれるまで高めるには相応の知識と経験、そして何より自頭の良さが求められるという。
 そんな人が聞きたい事というのは、一体なんだろうか?

「あなたから見て、リーシアはどんな人?」
「は? えーっと、それは、能力的な話か? それとも人柄的な話か?」
「人柄のほうね」

 さらっと答えるアラクネさんに、なんとなくどうしてこんなことを聞くのか予想できた気がした。
 リーシアはなんていうか、いろいろ変だからなぁ……。
 能力はおかしいし、それを自分でも把握していないフシがある。
 どことなく手探りに生きているというか……いや、それは普通なのかもしれないが、あいつはなんだか、普通に生きていれば知っているはずのところまで手探りに進んでいる感じがあるんだよな……。
 けど……。

「まあ、そうだな。悪いヤツじゃねえよ」
「それは、主観的に見て? それとも客観的に見て?」
「うん? あー、よくわからないけど、少なくとも俺達にとっては悪いやつじゃないし、あいつは自分が悪いと思ったことは……多分できない性格だろ?」

 意図せず悪い事をしてしまう、ということは誰にでもあるだろう。
 だが、リーシアはそれを気にしすぎるきらいがある。
 あいつは自身の道徳にとって"悪いこと"は、多分できない。
 そういうタイプだと思う。

「なるほど……確かにそうね」

 思い当たる節があったのか、アラクネさんはなるほどとうなずきながらそれをメモに取っていた。
 多分、彼女は真面目にリーシアという人物像を捉えようとしているんだろう。
 なんというか、アラクネさんはリーシアと同じで人付き合いはあんまり得意じゃないのかもしれないな。

「ありがとう、参考になったわ」
「ならよかった、リーシアをよろしくな」

 俺の言葉に少しだけ首を傾げて、アラクネさんは次の誰かを探しに行った。
 多分あれは、自分の気持ちにも気づいてないし、リーシアの気持ちにも気づいてない。
 リーシア自身も多分気づいていないしで、なかなか前途多難そうだ。
 アラクネさんの姿が村のほうに遠ざかっていくのを見直しながら、自分の行った言葉を反芻する。

 自分が悪いと思ったことはできない。

 リーシアに対する、その評価を覆すつもりはない。
 あいつは、自分が"悪いことだ"と思えばそれをしない程度の道徳観と、善悪の基準、それにブレーキを持っている。
 でもそれは、自分が正しいと思えば、世間一般において悪とされる行為すらも、平気で踏み抜ける危うさと隣合わせだ。
 自覚のあるブレーキは、自分の意志で外してしまえるのだから。

 あいつがもしも、"それが必要だ"と思ったらあいつは……。
 ──だから。

「リーシアを、よろしくな」

 そのときに、あいつを止められるのは多分、俺じゃないから。


■ノフィカ・フローライト
 リーシア様のご友人、アラクネさんが訪ねてきたのは、ちょうど昼までの仕事が一息ついたところでした。
 お二人で一緒にいるときには浮かべないような顔をしていて、ちょっと珍しいものを見た気分です。

「今日は、リーシア様とはご一緒ではないんですね」
「リーシアなら村外れでクロウのお腹に埋もれてのんきにお昼寝してるわよ」
「あははっ、リーシア様らしいですね。光景が目に浮かぶようです」

 そんな話をしながらお茶を淹れ、少し早い昼食の準備をする。
 パンが焼けるまでには少し時間がかかるだろうし、お話をするならその間がちょうどいいでしょう。

「それで、どのようなご用件でしょう?」
「……貴方も私がなにか聞きたいってわかるのね……この村の人はそういうのに慣れてるの?」
「そうですね、人によりますが……アラクネさんの様子は見ていると何かあったんだろうなと思えるぐらいにはわかります」
「そう……」

 自分はそんなにわかりやすいんだろうか、と思案に沈みかけるアラクネさんですが、多分これはご自身でも理解されていませんね。

「単刀直入に聞くけれど、貴方にとってリーシアはどんな人?」

 アラクネさんから飛び出してきた質問に、今度はこちらが頭を捻る番になりました。
 リーシア様がどんな人か、というのは……なんていうか、その、すごく答えるのが難しい気がします。
 それも、私にとってと来ました……もしかして、これ村の方に聞いて回ってるんでしょうか?
 私にとってはリーシア様は、神使いであり、水姫様であり、村のことにいろいろ助けてくれる賢者様であったりするんですが……一番近いのはおそらく……。

「友人、ですかね」

 それは表にはまず出せない発言である。
 巫女というのは民と神の橋渡しをする存在である、故にそんな事を言えば場所によっては火炙りや磔といったこともあり得るだろう。
 エウリュアレ村では多分、そういったことはない。
 リーシア様が果てしなくゆるいし、そういうのが嫌いな方だから。

「……その発言は、大丈夫なの?」
「リーシア様はむしろ、様付けをやめてって言うぐらいですし、こう……崇められるのいやみたいなので、多分こういう距離のほうが喜ばれるかと」
「一応、神使いでしょう?」

 確かに、アラクネさんの言うとおりにリーシア様は神域側の人だと思う。
 活動していたのは神代のおとぎ話として語られる頃だという話だし、事実として私の大好きな"アーネンエルベの冒険譚"の登場人物の一人、スノウ・フロステシア様であると、この前のときに名乗っていた。
 でも、だからこそ……。

「たぶん……寂しいと思うので」
「寂しい?」
「神代に、仲間と囲まれて冒険に明け暮れていた方です。今は神使いとしてこの時代に居ますが、気がついたら自分の生きていた時代が遠いおとぎ話で、知る人はだれもいない……それって、すごく寂しいし、心細いんじゃないかと思うんです」

 アラクネさんは、うまくまとまらない私の言葉に真剣に耳を傾けてくれる。

「リーシア様はなんていうか、気軽に話してくれますし、普通に反応をしてくれるんですけど、どこか距離を測りかねているというか、置いているというか……」
「距離を置いてる……?」

 アラクネさんの言葉に頷いて、私は窓から空を見上げる。
 そこには青空を屈折させる、澄んだ氷の樹がそびえ立っていた。

「今の私達はきっと、神代の人たちよりかなり弱いのではないかと思います。そんな私達を傷つけないように、すごく慎重になっている……そんな気がします」

 勝手なこともだいぶ言ってしまったような気がするけれど、アラクネさんはなにか自分の考えとすり合わせるように頷いて、それを手に持った本へと書き込んでいた。
 香ばしい匂いが漂ってきたので、このお話もそろそろ終了だろう。

 リーシア様が説明してくれた小麦の作り方のおかげで、村の昼食事情はだいぶ改善された。
 窯から程よく焼けた薄パンを三枚とりだし、ナイフで手早く切れ目を入れて、バターを塗り、肉と野菜を挟む。
 あとはこれをクテバの葉っぱで包んでやればお弁当の完成である。

「アラクネさん、どうぞ。リーシア様と食べてください」
「……ありがとう」
「リーシア様を、よろしくおねがいしますね」

 薄パンのサンドイッチを受け取ったアラクネさんは、少しだけ困ったような表情をしながら戻っていった。
 まだ答えは出ていない、そんな空気をまといながら。
 いつもは凛とした立ち振舞の彼女が、迷うように足元を確かめながらゆっくり彷徨うさまは、迷子の小さな子どもを思わせた。

 リーシア様は、大体の人に友好的ではあるものの、ある一定のラインより先に他社を踏み込ませないところがあります。
 それが、ご自分の立ち位置によるものなのだと、なんとなく理解はしているのですが……誰かが隣にいてくれればといつも思います。

 だから────

「リーシア様を、よろしくおねがいします、アラクネさん……」


■リーシア・ルナスティア
 クロウのお腹を毛布代わりにしていたお昼寝も、訴え始めた空腹にそろそろ切り上げるかと体を起こす。
 アラクネはどうやら私の昼寝に付き合うのではなく他のことをしに行ったらしい。
 まぁ、夜ふかしして自分の研究に没頭していた私が悪いのだけど……。

(それにしても……エウリュアレ村でなにかやれることってあるかな……?)

 エウリュアレ村はウィルヘルム王国の南端にある半島に位置する村だ。
 その立地から、海岸監視ぐらいにしか意味がなく、施設もほぼない。
 最近は首都ウィルヘルムから腕の立つ鍛冶職人のグランさんが引っ越してきたり、移住したりしてきている人がいるが、それでもまだまだ拠点としての規模は小さい。

『アラクネ殿が誰かに用があるのではなく、村の誰かががアラクネ殿にようがあるのでは?』
「なるほど、その可能性もあるわね」

 身を起こしたクロウの言葉に一理あると頷き、それじゃあお昼はどうするかなと頭を巡らせる。
 探しに行ってもよいのだが、行き違いになることを考えると動くにもとどまるにも微妙な頃合いというやつだ。

『お嬢様、どうやらアラクネ殿が戻ってきたようです』
「ん……ああ、ほんとだ。探しに行く手間が省けたわね」

 ぐぐっと伸びをしつつ立ち上がり手を振る。
 そうしたからといって、彼女は早足になるわけでもないのだけど。

「おかえり、アラクネ」
「……ただいま。ノフィカさんからお昼をもらったわ、一緒に食べましょう」

 そう言ってアラクネは、二つあるクテバの葉で包まれた弁当の一つを渡してくれた。
 クテバというのはウィルヘルム王国の領土内で多く群生する、薄くも厚くもなく大きな葉を持つ植物のことだ。
 葉の形は片方に寄り歪んだひし形で、大きさは一遍五十セテル──五十センチ──ほど。
 その葉でくるんだものは保存が多少効くようになるうえに高さ一メテル──一メートル──ほどまでしか成長しないため収穫がしやすく、季節問わず繁茂し成長も早いという、便利な植物である。
 
 クロウにはインベントリから取り出したスプリントボアの肉の塊を幾つか与え、またクロウのお腹を背もたれにする。
 アラクネは隣に来るのではなく、私と向かい合う位置に腰を下ろした。

 お弁当を食べている間、アラクネは時々私に観察するような視線を向けてくる。
 なにか聞きたいことがあるのなら聞いてくれればいいのだが、多分それではダメな事柄なんだろう。
 人にとって、納得というのは極めて重要だ。
 私がただ答えただけでは、おそらくアラクネは納得できない、そういうたぐいの悩み事だと思う。
 なんというか、もどかしいものだね……。

 そんな、ちょっとだけぎこちない昼食だった。


■アラクネ
 私の視線に気づいたのか、リーシアは少しだけ雰囲気を変えたあと、すぐにいつもの様子に戻ってしまった。
 結局の所、私はあのあとも村の人に話を聞いて回った。
 そうしてわかったのは、大体の人は彼女のことを変わりものだと認識しているということ。
 そして、リーシアと一定以上の交流があると思える人全員から、彼女のことをよろしく頼むと言われたことぐらいである。

(よろしくって、どういう意味だったのかしらね……)

 みんなそれぞれニュアンスが違っていたように思うけれど、だとしたらもしかしてそこが彼女という人物を理解するためのカギなのではないだろうか?
 そう思い、話したことのメモを確認するべく本を開こうとしたとき、少し不満そうなリーシアの顔が目に入った。

「……どうしたの? なんだか不満そうだけれど」
「そりゃ、不満にもなるわよ。ずっと心ここにあらずって感じなんだもん」

 確かにそうだったかもしれないが、これはこれで私にとっては大事なことだ。
 仲間たちとのこともあるが、それとは別に彼女のことを知りたい、理解したいと思った。
 だから知ろうとしているのに……人の気も知らず……そう思うと少しだけ苛立ちが湧いてきた。
 同時に、眼の前の彼女はどれぐらい私の事を理解しているのだろうかと、ふと疑問が浮かぶ。
 話のネタとして自分から振るのは少々自意識過剰かもしれないが、それはそれで参考になるかもしれない。
 そう思って、深く考えずに口を開いた。

「リーシアは、私のことを……どれ位理解してると思ってる?」
「全然理解できないと思ってる」

 即座に返されたその言葉に、衝撃と同時に胸が疼く気がした。
 あまりにも冷たく、歩み寄る気もないような切り返しではないだろうか……?
 そこには理解しようという気持ちすら伺えない。
 私が思っていた彼女像とは全く異なるものだった。

「……それは、どう……いう……」
「どうも何も、他人を理解できるなんて思い込みでしょう。どうあっても他人は他人、自分とは価値観も考え方も経験も生まれも育ちも違うもの」
「で、でも……人は、そういうふうに生きるものじゃないの?」
「さぁ? 人によるんじゃないの。私は誰かに気軽に"あなたのことは理解してるつもりだ"とか言われたくない。アラクネは言われたいの? "貴方のことは理解しているつもりよ、もっと私を頼りなさい"みたいに」

 ずくん、と胸の奥に疼くものが在った。
 彼女に、私は話せていない事がある。
 ミスティルテインに協力することになった経緯、カルバリウスに助けられしばらくを一緒に過ごしたこと、それまで暮らして居た村がアイゼルネと思われる連中によって根絶やしにされたこと。
 それらを話してもいないのに、理解しているつもり、などと言われたら……きっとそれは、怒りを生む。

「アラクネ、私はね? 自分のことも実はあんまり理解できてないの。アラクネはどう? 自分のことは全部わかる?」
「それ、は……」

 わかる、と言いたい気持ちはあったが、それを口にすることはできなかった。
 だって、今の私のこの気持が何なのか、私はわかっていないのだから。

「人を知ろうとするのは大事なことだと思うけれど、でも、その人を知れたというのは魔の囁きだと思う」

 知ったと思ったものは、その人のほんの一部分かも知れない。
 また理解にできないものが出てくるかも知れない、最後まで寄り添っても隠されていることもあるかも知れない。
 だとしたら……どう在れというのか。

「じゃあ、リーシアが必要と思うものはなんなの?」
「ただ信じるだけ、かな」

 信じるだけ……。
 それを聞いてふと今日の会話が頭の中で浮かぶ。
 ゼフィアもノフィカも、カレンさんもガヴィルさんもユナさんも村長も、大体リーシアという人物についての理解はしている様子はなかった。
 大体こんな人、ぐらいである。

 でも、リーシアを疑っている人はいなかった。

「手をつなぐこと」

 彼女の手が差し出される。
 私はそれに、そっと手を重ねた。

「手を離さないこと」

 そっと重ねた手が握られる。

「受け入れること」

 そう言ってリーシアは、私をいとも簡単に捕まえて抱き寄せてみせた。

「私は、大事なのはそれぐらいだと思う」
「……ええ、そうね」

 きっとリーシアは、誰かを"こういう人だ"と決めたりはせず、違いも含めて受け止めるつもりでいるのだろう。
 人を理解しようとするのは、間違いではないと思う。
 彼女は、知れたと思うのは魔の囁きであるとは言ったが、行為自体は否定していない。
 考えてみれば、時間が立てば変わっていく人を理解するなど、何時まで立っても不可能だ。
 だからこそ、変化やその時の違いも含めて受け入れるのが、リーシアという人の在り方なのだろう。

「今日で……少しだけ貴方のことを知れた気がするわ」
「んぅ?」

 この話の流れで返すにはどうかと思うけれど、私はそういうふうに考えるのだから仕方ない。
 村の人達の反応は大まかに分けて二種類。
 きっと、その違いは彼女が心を割いているかどうかの差なのだ。
 そして、私もきっと、そちら側に要るということ。

「なんだか悩んでるのがバカバカしくなってきたわ」
「たまにはそういうのもいいと思うけど、悩みが片付いたなら良かったわ」

 そういって、二人して笑ってから気づいた。
 ここ数日、彼女の前で笑っていなかったことに。
 どうやらとんだ回り道をしていたようだ。

by 紫月紫織/ユリア・ソレイユ

このお話は、【小説家になろう】にて連載中の、ユニオン・マギカ(https://ncode.syosetu.com/n8949da/)のかくはいWEB合同誌用に書き下ろした外伝です。
主人公であるリーシアと、彼女が背中を預けられる相手として信頼を置いているアラクネ。
そんな二人の距離が、まだちゃんと定まっていなかった頃のお話です。
作中時間としては、一章終了後の二章開始前に位置しています。

ユニオン・マギカは異世界転生ライトノベルです。
主人公はチートですが、強いかと言われれば強いけど弱い、そんな位置づけ。
なぜ強いけど弱いのか、というのはぜひ本編に触れていただければと思います。

PDFで端末に入れて読みたい、という方はこちら(https://cs-yggdrasil.booth.pm/items/1023825)からPDFの無料版をDLしていただければと思います(小説家になろう、にて公開したものを文庫サイズにまとめたものです)。
なんとこちらはあとがきがついています!
残念ながら一巻ではアラクネがまだ登場しませんが、興味を持っていただけたらぜひ本編の方もよろしくお願いいたします。

最後に、このような企画を立ててくださった飛鳥さん、一緒に参加できた皆様に御礼を。
ありがとうございました!

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