撥条《ぜんまい》は巻かれた

 西暦20XX年2月XX日、その地域には非常事態宣言が出された。
 未曾有のバイオハザード、ゾンビ災害に見舞われ、事態を重く見た政府は県境を封鎖。
 情報統制の下、国民には原子力発電所の事故とだけ知らされ、詳しいことを伏せたまま封鎖は決行された。
 各封鎖点には軍が置かれ、入ることはともかく出ることは許されない。
 無法地帯となったその地域に、普通の国内では得られぬ自由を求めて入っていく者もいれば、死にものぐるいで外を目指す者もいた。

「南門、封鎖急げ! 溢れてるぞ!」

「扇動ビラよ! 避難は患者優先!」

 抗う者。


「私は封鎖の真実が知りたい」

「調査せよとのお達しだ……我々の隊に」

 向かう者。


「お父さん、お母さん……どこ行っちゃったんだろ」

「こゃ……工場長」

 残された者。


「隣町の避難所はやられてしまったそうじゃないか。ここだっていつまでもつかわからない」

 懐疑する者。


「避難民村を作ろう」
「私は亀だけど、入れてもらえるの?」
「もちろん。ただし……」

「俺は銃を撃つだけだ。それ以外のことはお前たちに任せる」

 共同体を作る者。


「連れてってくれないんじゃしょうがないな。僕は他の人を待つよ」

「旦那様、決してお外に出てはいけません」
「お前はいつもそう言うな。わしだってたまには外の空気を吸いたいのだが」
「なりません」

 生き延びようとする者。

 そして、封鎖された地域の中部、一軒の学生アパートで眠り続ける引きこもりが一人いた。
 外が大変なことになったのも、封鎖が行われたことも何一つ知らず、世界に絶望したまま鍵のかかった部屋で眠っている。
 眠り続ける彼の心の中では昨日と今日の境目すら曖昧だ。
 夢と夢の間、かすかに覚醒する意識の間で食べる携帯食料の味だけが、彼を現実に繋ぎ止めていた。

 世界を知らずに眠り続ける彼が人々と出会う旅に出るまで、あとXヶ月。




 XX地方、XX村にひっそりと建つ研究所が一つ。
 セキュリティが頑丈に守るその奥に、白衣の研究者が一人、コンソールを叩いていた。
「よし、できた。このAIは結構優秀だよ」
 研究者の目の前には大きな半透明のコフィンに、うっすら目を開くところの黒いキャソック姿の男性が一人。
「君の役割は……カンフーが得意な神父。導く者だね。大丈夫、君ならすぐに導かれる者を見つけられるさ。それまでせいぜい探し続けて、この世界を楽しんでくれたまえ。あ、でも君は求道者だから楽しむなんてことはしないんだっけ?」
 目覚めたばかりの神父は、だが、全ての状況を理解しているかのように静かに頷いた。
「どちらでもよい。どのみち私はヒトではない。与えられた役割通り、迷える子羊を探すのみ」

「はあ、真面目だなあ」
 研究者はため息を吐き、肩をすくめる。
「自覚があるのはこのタイプのいいところであり、扱いにくいとこでもあるけど、まあ、僕としては楽しいよ」
 ははは、と笑う研究者。
「じゃあ転送モードに切り替えるから心の準備して。どこに行きたい? 中部からでいい? なんてったって政令指定都市だし、教会もあるし。ま、壊滅した今じゃ全然関係ないけどね」
「好きにしろ」
「わーかった。じゃ、中部ね。行ってらっしゃ~い」
 白衣の男が手を振ると、ヴン、という音と共に神父はかき消えた。
「まあ、いいデータを残してね。楽しみにしてるから」
 そう呟くと、白衣の男はコンソールに背を向けた。

 カンフーの得意な神父が導かれる者を見つけるまで、あとXヶ月。

 そして撥条《ぜんまい》は回り出す。


(了 亀のゾンビサバイバルログへ続く)

by 湖無カー(Wkumo)

という前日譚でした。本編で語られたり語られなかったりした設定をチラ見せしている。そして本編のでかいネタバレ。でもこういうとこ(でかいネタバレ)から入るっていうのも違った視点で読めていいと思うんですよね!
なお本編『亀のゾンビサバイバルログ』(全26話、完結済)はこちら
https://plus.fm-p.jp/u/shellvio/book?id=2
引きこもりの主人公「亀」と謎多き変人の「神父」がゾンビだらけの地域を旅する一人称のぐるぐる思考一期一会のわくわくジャーニーです。

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